伝承と古文書によれば、往古大陸から陶工が須佐に渡来し窯を築き細々と煙を上げていた。
後年文禄年間(1592年)頃九州唐津より陶工 (土谷家)がこの地を指してきて陶業を始めた。
以来この地を唐津と称した。慶長5年(1600年)以降は、毛利藩主益田領主の保護を受け
御用窯として窯の拡張をはかり毛利藩再興のため生産を高めた。
この頃、(岡山市)から陶工(伊藤家)が移住し、元禄年間(1688年)頃、萩市松本の坂家から細工人が移住した。
開窯以来、幾多の盛衰を経て幕末には11名いた陶工師も、
現在は土谷家14代のみとなり須佐唐津にて陶煙(登り窯)をあげている。
現在は唐津の地において、須佐唐津焼直売店、唐陶庵(伊藤一男)がある 。
主として、青磁、鉄釉(黒)、ビードロ(青・白)、藁灰、長石などの釉薬にて登り窯で焼き販売している。
最も注目すべき特徴は 、中国や高麗に劣らぬ青磁器、鉄釉(黒)、
藁灰釉が江戸初期より一子相伝で焼かれていた事。
(青磁釉薬は、日本で一番古いのではないかと発掘調査現場の先生方の談)
■住所/萩市大字須佐1665
■開館時間/8:00~19:00
■TEL&FAX/08387-63869
■アクセス/JR須佐駅より車8分
■駐車場/あり
■定休日/不定休
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